中川先生の「ためになる話」

イーストサイド物語?

今回は、少し、いやかなり長ーーいお話です。
一気に読むのがしんどい方は、何回かに分けて読んでください。


さて今回から自作の物語を何回かに分けてお届けします。物語のタイトルは『イーストサイド物語』といいます。 え?どこかで聞いたってですか、それはウェストサイド物語でしょ。あれはブロードウェーミュージカル、こちらはね、 全く関係ないんです。我々の祖先の物語なんです。『生物』を選択している人には受験に出るかもしれませんよ。 ま、何にせよ、これは息抜きの楽しい読み物のつもりで書きました。


「たのむから、見逃してくれろ。もう二度とやらんから」
 小柄なコパンはおでこを地面にこすりつけて謝りました。大柄なウータンは腕組みをしたまま、しばらくコパンを見おろしていましたがやがて静かな声で言いました。
「嘘をつくというのは悪いことだ。それがおまえにはなぜ分からんのだ。」
 コパンは地面を見つめながら心のなかで思っていました。
(なぜ、嘘はいけないといわれるのだろう?ぼくの嘘のおかげで仲間たちはお腹いっぱい食べられるようになったのに・・・)

いまから1500万年まえのアフリカから物語は始まります。これまで深い森林だったこの地域には多くの種類の類人猿が棲んでいました。ところが、この頃アフリカに大規模な地殻変動が起こり始めました。いまのエチオピアやケニアのあたりで大規模な隆起があり標高2700メートルを越える山脈が形成され、この山脈のため西から東に安定して流れていた気流が乱れ、山の東側では雨が降りにくくなって森が育ちにくくなりました。それから300万年ほどすると地殻変動はさらにつづいて南北に蛇行する長い谷-大地溝帯-が出来て西側と東側は決定的に分かれてしまいました。西側にいた類人猿たちは昔からの森の生活に適応したチンパンジーやゴリラなどになっていきました。
 一方、東側に棲んでいた類人猿はさまざまな変化をたどりながらついに人類へと辿り着きます。この物語はアフリカの東側の物語、つまりイーストサイド物語なのです。

さてお話を1500万年まえのアフリカの密林にもどしましょう。この頃はまだ東西に分かれていませんでしたから、人類とゴリラやチンパンジーの共通の祖先の一群がこの密林にひっそり棲んでいました。人類の祖先が出現するのがいまから700万年前ですからこの祖先にはまだ名前すらありません。ただ、木の上で生活するサルのような種族でした。この群のボスの名をウータンといいます。ウータンはおだやかな性格で全ての生き物の生きる権利を大切にしてきました。そのため、この群は30匹ほどの小さな群でしたがほとんど争い事のない平和な種族でした。食べるものといえば木の実や果物が主でした。ときには地面におりてきて蟻やミミズを食べることもありました。

ところがコパンが生まれてから群れに変化が起こり始めました。コパンは生まれつき他の仲間より大脳が発達していて、いろんな工夫を考えつきました。まだ子供の頃に蟻を食べるのに小枝を使うことを発明しました。蟻の巣に細い小枝をつっこむとたくさんの蟻が小枝についてきます。そうすれば、一度にたくさんの蟻を食べることができます。このやり方は群のなかで急速に広がっていきました。

またあるとき、樹の上からオオカミのような動物が野ウサギを食べているのを見たコパンは急に食欲をそそられて、そっと樹を降りて大きめの石を何個も抱えてもう一度樹にのぼり、突然オオカミめがけて石を投げつけ始めました。驚いたオオカミが逃げた後コパンはゆっくり樹から降りてきて恐る恐る野ウサギの生肉を口にしました。
「ん?なんというおいしさ。蟻なんかより断然うまい!」

これが肉食の起源です。コパンは生肉の切れはしを仲間にあげようとしましたが誰も気持ち悪がって、最初のうちは食べませんでした。しかたなくコパンは生肉の切れはしは高い樹の枝に突き刺してそのうち忘れてしまいました。肉は風通しの良いところに置き忘れられたのでしばらくするとほどよく乾燥していい匂いをあたりに漂わせました。少しおっちょこちょいのチンプが匂いにつられて干し肉を口にしました。

「ん!うまい。気持ち悪くないし、それに長持ちするもんな」
 これが保存食のはじまりです。チンプはコパンの大親友でした。そのうち他の仲間も干し肉を食べるようになりました。でも簡単に野ウサギが捕まえられるわけではありません。たまに肉が手に入ると取り合いのケンカがおこりました。
 そのうちコパンは落とし穴を使ってもっと大きな動物を捕まえる方法を工夫しました。コパンは仲間とともに獲物を落とし穴の方へ追い込んで、獲物が穴に落ちると みんなで上から石を投げつけて殺し大量の肉を獲得することに成功しました。

しかし群の全員がコパンのやり方に賛成したわけではありません。コパンのやりかたは嘘があるという意見がありました。蟻をだまして小枝で釣ったり、落とし穴も卑怯な方法だというのです。特にボスのウータンはコパンのやりかたに強い反感をもっていました。

ある日ウータンはコパンを呼び出して言いました。
「わしらは自然の一部だ。だから決められた生き方がある。蟻には蟻の、ミミズにはミミズの生き方がある。わしらだって例外じゃない。他の動物をだまして殺すことはいけないことだ。分かるか?おまえが蟻釣りをするまでは必要な分しか蟻を捕らなかった。おまえが肉食をするまで誰も肉を欲しいとは思わなんだ。いいか、欲望というものはいったんふたが開くと果てしないものなのだ。おまえはそのふたを開いてしまった。もはやわしらの群にいることは許されん。即刻おまえと意見を同じくする者たちとともに群を立ち去れ!」

声を荒げたことのないウータンがきびしくコパンを叱りつけました。コパンは叱られるとは思ってもみませんでした。でもいちおう謝ってみました。 「たのむから、見逃してくれろ。もう二度とやらんから」  冒頭の場面です。でもウータンは許してはくれませんでした。それでコパンは16頭の仲間とともに東の森に移り住み、さらに様々な工夫をして生活を豊かなものにしていきました。食料が多く手に入るようになると子供もたくさん育てることが出来るようになりコパンの仲間はどんどん数が増えていきました。一方ウータンたちはコパンが去ると再び昔ながらの悠久の生活に戻りました。そして深い森のなかでひっそり時を刻み続けたのです。


最初にお話ししたようにアフリカ大陸の南北に出来た山脈と深い谷が西側と東側を遮断してしまい、ウータンの子孫とコパンの子孫はその後数百万年に渡って顔を合わせることがありませんでした。
 西側ではその後あまり変化はありませんでしたが、森をつたってアジアの方まで行った者がありました。この類人猿は群れることさえ拒否し、さらに深く自然と一体化しようとその精神性を深めて行きました。そして彼らは独自の精神文明を作り上げました。彼らの名をオランウータンといいます。


さてイーストサイド(東側)はその後どうなったでしょうか?地殻変動のせいで森は少なくなりサバンナ(草原)が果てしなく広がる大地となりました。この環境の変化は樹に住むサルにとっては致命的な打撃でしたがコパンの子孫にとっては大躍進のきっかけとなりました。アウストラロピテクスと呼ばれるコパンの子孫が木から地面に降りてきたようです。そして大地で暮らし始めました。大地はライオンやトラの祖先(ライオンとトラが分かれたのが500万年ほど前のことです)がわがものがおで闊歩する危険な場所でした。それでもコパンから受け継いだ大きな大脳を更に進化させながら子孫たちは着実に数を増やしていきました。その間にコパン子孫も様々な系統に分かれていったようです。ある人類学者の計算によれば700万年まえに他の類人猿から枝分かれした人類の祖先はそれから少なくとも16種にも分かれたと言われています。しかし最後にはホモ・サピエンス一種を残してこの系統は全て絶滅してしまいました。ただし、200万年より以前の化石はとても少なくてどんな事情だったのかはまだよく分かっていません。

おそらく、コパンの子孫のなかで一番大脳が発達した者が残ったのだろうと思います。でも、本当に大脳が発達する方向は正しい方向だったのでしょうか?大脳の発達は両刃の剣でした。
 250万年ほどまえにコパンの子孫はついに鋭い刃を持つ石器の作ることが出来るようになりました。この石器を使ってより大きなシカやイノシシを狩ることが出来るようになり食生活はより豊かになったのですが、生活が豊かになると今度は欲が出てきます。獲物を独り占めにしたいため、あるいはボスの座につきたいために石器の刃を仲間に向ける者が現れてきました。仲間同士の争いは過激さを増し血で血を洗うようなひどい状態になりました。  このひどい状態にあいそをつかした一群がアフリカから逃げ出しました。そしてユーラシア大陸に移動して静かに暮らすようになりました。この一群はネアンデルタール人と呼ばれています。彼らはこころ優しい人々でした。死んだ仲間に花を添えて埋葬する習慣があり、病気の仲間や年取った仲間のめんどうもみていたようです。


4万年前、平和だったユーラシア大陸に大脳を極端に進化させたクロマニヨン人たちがアフリカから侵入してきました。
 ネアンデルタール人の村長ボランが大勢のクロマニヨン人が村に入ってきたとき歓迎の挨拶をしました。
「皆さん、遠いところからはるばるようこそいらっしゃいました。どうぞ、我々の友好のしるしとして存分にお召し上がり下さい」  とボランたちは満面の笑顔で一生懸命集めた木の実や昆虫などの食料を彼らに差し出しもてなそうとしました。ところが、クロマニヨン人たちはニコリともしないで差し出された食料をガツガツ平らげました。食べ終わるとボランを睨み付けてひとりが言いました。
「友好だと!笑わせるんじゃねえ。おまえらがオレ達と祖先が同じなんてむかつくぜ!サルみたいな顔しやがって・・なあアドルフ」

アドルフと呼ばれたクロマニヨン人は目つきのよくない小さな男でした。アドルフは年老いたボランの腕を突然後ろにねじあげました。そして妙に甲高い声でボランに言いました。 「ネアンデルタール人は劣等人種なのだ。祖先が我々と同じであるはずがない。こいつらは不潔で低脳で生きる値打ちのない生き物だ。よって全員抹殺する!」
 アドルフはクロマニヨン人のなかでも特に凶暴な性格でしたが、カリスマ的なところがあり多くのクロマニヨン人たちが熱狂的に崇拝していました。アドルフが目を細めて部下に命じました。
「ネアンデルタール人は全員抹殺せよ!」
 そう言うやいなやアドルフはボランの頭に石斧を叩きつけました。
ボランの頭から流れる赤い血を見たクロマニヨン人たちは興奮し、高度に磨き込まれた石器の鋭い武器でネアンデルタール人に襲いかかりました。村人全員が殺されるのに一日かかりませんでした。
 その後、アドルフとその仲間はネアンデルタール人の村を次々襲い、殺戮を続けました。

3万年より前に、ネアンデルタール人は本当にこの世から一人もいなくなってしまいました。そしてユーラシア大陸はクロマニヨン人だけの世界になりました。人間以外の動物も仲間を殺しますが、人間ほど徹底的に効率よく殺す動物は他にいません。

その後、クロマニヨン人の仲間は世界征服に向けて世界中あらゆる方向へ進軍しました。5万年前にはオーストリア大陸、2万年前には誰も住まなかったシベリア地方まで住むようになりました。1万2千年まえにはとうとうベーリング海を越えてアメリカ大陸に移り住むようになりました。大躍進というべきでしょうか?祖先であるコパンはさぞ鼻高々だったことでしょう。しかし、手放しで喜べるほど事は単純ではないのです。同じホモ・サピエンス仲間のネアンデルタール人を絶滅させた話はしましたが、それ以外の仲間も絶滅させていますし、生息域を広げるごとに様々な他の動物種も絶滅させてきました。北アメリカにいたマンモス像、ヨーロッパの毛サイとオオジカ、南アフリカのジャイアント・バッファロー、オーストラリアのオオカンガルーなどが高度な技術を身につけた狩人によって滅ぼされてしまいました。その後も動物界はいくつもの貴重な種をホモ・サピエンスによって失うことになります。

基本的には狩猟採集民だった彼らが1万年ほど前に小麦やトウモロコシなど植物を栽培することで定住生活に入ります。植物栽培で人類はさらに豊富な食料を確保するようになりました。
 しかし、逆にこれは人類が住み始めた地域から野生の植物種が絶滅することを意味しました。また人類の食事が偏り始めたことも意味します。虫歯が出現したのもこの頃です。
 定住すると環境が汚れます。寄生虫や細菌も発生しやすくなり伝染病が始まりました。しかし、大脳の肥大化というパンドラの箱を開いた人類にはもう後戻りは出来ませんでした。逆に得意の知恵で様々な問題を解決しようとしました。農業技術の改良、調理法の改善(焼く、煮る、炊くなど)、病気に効く植物から薬を発明したり、それは涙ぐましい努力をしてきました。
 そして科学という方法を編み出してから人類は一時期、バラ色の未来を夢見ることができました。もはや敵なし「人類のために地球はある」というまで傲慢になりました。しかし、地球は人類に荒されてもう息絶え絶えになっていたのです。
 森林の伐採は世界規模で進み、地下資源は底をつき、地球規模の温暖化のため水位が上昇してきました。人類は金の卵を産む鶏である地球を殺そうとしています。
 人口は世界中にあふれ、住むところがなくなってきました。でも能天気な人類は地球に住めなければ、宇宙のどこかの星への移住を考え始めました。そして、果てしない宇宙のどこかに住んでいるかもしれない高度の科学文明を持っている宇宙人に対して電波で何度も何度もメッセージを送り始めました。
「我々は地球人です。科学も発達しています。でも、もっと高度な科学をお持ちの宇宙人さん我々と仲良くしましょう」
 虫のいいメッセージです。あわよくば人のいい宇宙人がやってきて高度な科学技術を授けてくれるとでも思ったのでしょうか?


スマトラの奥地、最後に残った密林に絶滅が心配されている野生の類人猿が住んでいます。オランウータンです。彼らはイーストサイド物語が始まった頃早々と、人類に向かう愚かしさを悟り、人類とは逆の進化を遂げました。悠久の自然とともに生きる道を選んだ彼らは群れることさえ拒否し生涯のほとんどの時間を孤立してすごします。

高い々々梢のてっぺんで一頭のオスのオランウータンが目をつぶって瞑想しています。彼は宇宙のことを考えていました。彼らは科学こそ発達させませんでしたが、宇宙のことが手に取るようにわかるのです。彼の心にある映像がひろがりました。
 白鳥座のある惑星に住む宇宙人が人類の発した電波を受け取りました。この宇宙人は地球より高度の科学文明を持っていました。でもひとつ問題がありました。というのはこの宇宙人は人類と同じ方向に大脳を進化させていたのです。だから、この宇宙人は地球に人類が居ることを知るや、すぐさま高度な武器を携えて軍隊を地球に向かわせました。もちろん皆殺しにするためです。クロマニヨン人がネアンデルタール人にしたように・・・
 オランウータンはこれを知ると大きなため息をつきました。

顧問医師:中川 晶

中川晶先生プロフィール

中川晶先生プロフィール

 産経新聞の『中川晶の"生き方セラピー"』でご存知の方もおられると思います。
10年来お付き合いいただいている私共が言うのもなんですが、それはもう愉快な方で、一度語り始めると尽きることがないかのように実に幅広い、しかも有益で面白い話題が湧き出てくるのです。これはおそらく、一度や二度ではない挫折体験と、森羅万象に対する、特に人間に対するとてつもない興味がなせる技だと思えます。受験生についてもご自身の実体験と、臨床心理士としての深い洞察から、真の受験生の心の友となっていただけること請け合いです。先生のユニークで的を得たお話しを、お楽しみください。

  • 奈良学園大学保健医療学部教授
  • 大阪大学医学部講師
  • 心療内科医・臨床心理士
  • 京都大学講師
  • なかがわ中之島クリニック院長
  • 大阪医歯学院顧問医師
<著書・共著>
「心療内科のメルヘン・セラピー」(講談社)
「やすらぎが見つかる心理学」(PHP)
「心理療法」(朱鷺書房)
「ココロの健康からだの医学」(フォーラムA)父(故人)中川米造先生との共著 他

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