中川先生の「ためになる話」

ナラティヴ医療とは

ナラティヴ医療とは 今回はこれからの医療と期待が寄せられているナラティヴ医療について書いてみたいと思います。
 まずナラティヴというのは『物語』『語り』と訳せますが、患者さんが自分の病気について、どう考えているのか?言い換えると患者さん自身の病気観を医療者がきちんと把握して、その物語に添った医療的介入をしようというのがナラティヴ医療なんです。でもこれだけでは分かりにくいので、例をあげてみましょう。ぼくは次のような外来風景を夢見ています。ただし、ヘタをすると患者さんに馬鹿にされそうですけどね。

 ある日のうちのクリニック。一人の中年男性の患者さん。「次の患者さん、お入りください」という声がすします。
 彼は、最近はどこのクリニックでも「患者様」と呼ぶのに、ここは少し横柄なのかな?と思いながら診察室に入っていく。

(医者)○○さんですね、どうされましたか?
(患者)ええ、ちょっと最近胃が痛くてね。
(医者)胃ですか?それはいけませんねえ。それでどんな風に痛むのですか?
(患者)はあ、朝早くとか食事前に痛みます。
  (ここまでは普通でしょ。ここから変わってきます)
(医者)なるほど、なるほど。で、何なんでしょうね?
(患者)え?「何なんでしょうね」って、こちらが聞きたいセリフなんですけど。頼りないなあ。
(医者)あ、すみません。でも何なのかなあ?
(患者)だからぁ、ぼくは胃潰瘍かなって思ってんですけど。
(医者)あ、胃潰瘍ですか?十二指腸潰瘍かもしれませんね。そういえば空腹時の痛みはあり得ますよね。
(患者)でしょ。だから、胃カメラでもやってもらおうかと思って来たんです。
(医者)え?胃カメラですか?でも、あれって苦しいって聞きますよね。
(患者)なに言ってるんですか!カメラしてもらったらはっきりするんでしょ。
(医者)まあね。でも何をはっきりさせたいのですか?
(患者)胃潰瘍に決まってるじゃないですか。あと・・・親父が胃癌で死んだので、ちょっとね。
(医者)あ、そうでしたか。ついでに胃癌がないかどうかも診て貰いたかったんですね。
(患者)実は、そうなんです。

 この患者さんは、上腹部が痛くて胃潰瘍と言っていますが、実は胃癌の心配をしていたのです。自分も父親が死んだ年に近づいてきて不安が強くなっています。でも胃癌と口にするのも怖くて胃潰瘍の検査と言っていますが、本当は胃癌について相談したかったんです。
 医者のほうから「あなたは自分の胃痛の原因をどう考えていますか?」という質問をするのはとても難しいのです。真面目に聞くと患者さんのほうが緊張して、間違った答えをしてしまったらどうしようと不安になります。
 上の例では医者が決めつけをせずに丁寧に聞いていくことで、患者さんが来院した真の理由が分かりました。患者さんのほうでも自分の考えを出すことが出来て楽になってきます。

(医者)胃カメラの予約取りますか?
(患者)そうですねえ。あのー、もし先生がぼくと同じ状態だったらどうします?
(医者)え?ぼくですか。そうですねえ、取りあえず胃粘膜保護剤飲んでみて、まだ痛むようならバリウムを飲むかなあ。胃カメラはその後かなあ。
(患者)へえ、そんなもんですか。気楽なもんですね。でも少し気が楽になりました。今日はその薬をもらって帰って様子をみることにします。
(医者)はい、分かりました。それではお大事に。また来週きてください。

 でもねえ。こんなうまい具合にいくことは稀なんです。本当にこんな外来すると、患者さんが「お前みたいな無能な医者に診て貰う気はない!」と出て行っちゃう可能性大ですもの。
 でも、患者さんの病気観を探ることがまずは大事なんです。納得がないとせっかく出した薬も飲んでくれません、患者さんの病気観を引き出すには、こちらがあまり専門家面をしないことが、まず大事です。でも必要なときは専門家としての意見も言わねばなりません。このバランスは難しいのですが練習していくと結構上手になります。

顧問医師:中川 晶
平成29年6月

中川晶先生プロフィール

中川晶先生プロフィール

 産経新聞の『中川晶の"生き方セラピー"』でご存知の方もおられると思います。
10年来お付き合いいただいている私共が言うのもなんですが、それはもう愉快な方で、一度語り始めると尽きることがないかのように実に幅広い、しかも有益で面白い話題が湧き出てくるのです。これはおそらく、一度や二度ではない挫折体験と、森羅万象に対する、特に人間に対するとてつもない興味がなせる技だと思えます。受験生についてもご自身の実体験と、臨床心理士としての深い洞察から、真の受験生の心の友となっていただけること請け合いです。先生のユニークで的を得たお話しを、お楽しみください。

  • 奈良学園大学保健医療学部教授
  • 大阪大学医学部講師
  • 心療内科医・臨床心理士
  • 京都大学講師
  • なかがわ中之島クリニック院長
  • 大阪医歯学院顧問医師
<著書・共著>
「心療内科のメルヘン・セラピー」(講談社)
「やすらぎが見つかる心理学」(PHP)
「心理療法」(朱鷺書房)
「ココロの健康からだの医学」(フォーラムA)父(故人)中川米造先生との共著 他

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