中川先生の「ためになる話」

風のように逝った人

風のように逝った人 今回はぼくが新米医者だったころの失敗談です。

 筆者が新米医者だった頃の話。救急車で運ばれてきたのはガリガリでお腹だけが蛙の腹のように膨らんだ男だった。ボロボロの身なりだがめっぽう気の荒い人だった。担架で救命室に搬送される間もどなっていた。
「コラーッ!誰の許可でこんなとこ運んできたんじゃー!俺は頼んでへんぞー!!」
 Hさん42才。診断は原発性肝癌。癌細胞はもはや肝臓全体に広がり、手の施しようのない状態。Hさんはそのまま死ぬ気だったのかもしれない。病院に運ばれるのは本望ではなかったのかもしれない。
 そのうえ新米の筆者が担当になったのだからHさんには泣きっ面に蜂の心境だっただろう。初めて会った日のこと、筆者は指導医から呼吸状態の把握のために動脈血の採血を指示されていた。むろん初めて。しかも普通の採血ではなく患者の手首の動脈に対して注射器を鉛筆式に持って直角に突き立てねばならない。これは痛そう。Hさんは怪訝な顔で
「お、おまえ、震えてるんとちがうか?そ、それにおまえ、注射器の持ち方まちごうてる・・・ちょ、ちょっと待て!落ち着け!早まるな!そ、それにそこは手首じゃ、注射の場所も間違ってる!だ、誰か、こいつを止めてくれ!おい!こら!待てっ!待てってば!あ、あ、あー、痛あー!!」
 あれほど慎重にやったのに注射器に血が戻ってこない。筆者の額に冷や汗が流れた。失敗だった。仕方なく針を抜いた。そして消え入りそうな声で
「すいません。うまくいきませんでした。申し訳ありませんがもう一方の腕を出していただけませんか?」
 Hさんは本気で怒った!
「ええかげんせいよ!おまえ何年医者やってんねん?」
「今年卒業したところです。」
「ええーっ?そ、そんなあ!・・そしたら今の注射、ひょっとして・・初めてか?」
「・・はい、動脈穿刺は初めてです。」
「でも、医者の免許もってるんやろ?」
「はい、いちおう・・」
「もっとましな医者おらんのか?この病院には。なんで俺がこんなど素人みたいな奴にあたらなあかんのじゃ!院長呼んで来い!!」
 Hさんは怒鳴った。

 筆者にとっては痛恨の思い出のひとつ。Hさんには誰も見舞いにくることもなく、いつも居るのは気弱な新米医者だけ・・二人とも心細かった。その心細さが妙な連帯感を生んだ。最初「おまえ」呼ばわりだったのが最後は「先生」と呼んでくれた。そして「俺の身体で勉強しろ」とまで言ってくれた。入院して一ヶ月半の短いつきあいだった。筆者は「すいません」とは何度も口にしたが「ありがとうございました」という言葉はとうとう言えずじまいだった・・・。

顧問医師:中川 晶
平成28年10月

中川晶先生プロフィール

中川晶先生プロフィール

 産経新聞の『中川晶の"生き方セラピー"』でご存知の方もおられると思います。
10年来お付き合いいただいている私共が言うのもなんですが、それはもう愉快な方で、一度語り始めると尽きることがないかのように実に幅広い、しかも有益で面白い話題が湧き出てくるのです。これはおそらく、一度や二度ではない挫折体験と、森羅万象に対する、特に人間に対するとてつもない興味がなせる技だと思えます。受験生についてもご自身の実体験と、臨床心理士としての深い洞察から、真の受験生の心の友となっていただけること請け合いです。先生のユニークで的を得たお話しを、お楽しみください。

  • 奈良学園大学保健医療学部教授
  • 大阪大学医学部講師
  • 心療内科医・臨床心理士
  • 京都大学講師
  • なかがわ中之島クリニック院長
  • 大阪医歯学院顧問医師
<著書・共著>
「心療内科のメルヘン・セラピー」(講談社)
「やすらぎが見つかる心理学」(PHP)
「心理療法」(朱鷺書房)
「ココロの健康からだの医学」(フォーラムA)父(故人)中川米造先生との共著 他

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